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最高裁判所第二小法廷 昭和47年(オ)645号 判決 1975年10月24日

上告人

旧姓 千葉

佐々木ちえ子

外二名

右三名訴訟代理人

菅原一郎

外一名

被上告人

陳岡安造

右訴訟代理人

大沢三郎

主文

一  原判決中上告人らの控訴を棄却した部分のうち、上告人らが被上告人に対し各金一〇三万一二六一円及びこれに対する昭和四二年一〇月四日からその支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員の支払を求める請求に関する部分を破棄する。

二  被上告人は上告人らに対し各金一〇三万一二六一円及びこれに対する昭和四二年一〇月四日からその支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

三  上告人らのその余の上告は棄却する。

四  上告人らの被上告人に対する請求についての訴訟費用は第一ないし第三審を通じて三分し、その二を被上告人の、その一を上告人らの負担とする。

理由

上告代理人菅原一郎、同菅原瞳の上告理由について

一国家公務員は、一定期間勤務したのち退職した場合、国家公務員等退職手当法による退職手当(以下単に「退職手当」と略称する。)及び国家公務員共済組合法による退職給付(以下単に「退職給付」と略称する。)の支給を受けることができるのであるから、右のような公務員が他人の不法行為によつて死亡した場合、同人は加害者に対し、生存していたならば得ることのできた給与、退職手当及び退職給付の合計額からその生活必要経費及び中間利息を控除した額について損害賠償債権を取得し、その相続人は相続分に応じて右死亡した者の損害賠償債権を相続するのである。

一方、国家公務員が死亡した場合、その遺族のうち一定の資格がある者に対して、国家公務員等退職手当法による退職手当及び国家公務員共済組合法による遺族年金(以下単に「遺族年金」と略称する。)が支給され、更に、右死亡が公務上の災害にあたるときは、国家公務員災害補償法による遺族補償金(以下単に「遺族補償金と略称する。)が支給されるのである。そして、遺族に支給される右各給付は、国家公務員の収入によつて生計を維持していた遺族に対して、右公務員の死亡のためその収入によつて受けることのできた利益を喪失したことに対する損失補償及び生活保障を与えることを目的とし、かつ、その機能を営むものであつて、遺族にとつて右各給付によつて受ける利益は死亡した者の得べかりし収入によつて受けることのできた利益と実質的に同一同質のものといえるから、死亡した者からその得べかりし収入の喪失についての損害賠償債権を相続した遺族が右各給付の支給を受ける権利を取得したときは、同人の加害者に対する損害賠償債権額の算定にあたつては、相続した前記損害賠償債権額から右各給付相当額を控除しなければならないと解するのが相当である(最高裁昭和三八年(オ)第九八七号、同四一年四月七日第一小法廷判決民集二〇巻四号四九九頁参照)。

二ところで、退職手当、遺族年金及び遺族補償金の各受給権者は、法律上、受給資格がある遺族のうちの所定の順位にある者と定められており、死亡した国家公務員の妻と子がその遺族である場合には、右各給付についての受給権者は死亡した者の収入により生計を維持していた妻のみと定められている(国家公務員等退職手当法一一条二項、一項一号、国家公務員共済組合法四三条一項、二条一項三号、国家公務員災害補償法昭和四一年法律第六七号改正前の一六条二項、一項二号)から、遺族の加害者に対する前記損害賠償債権額の算定をするにあたつて、右給付相当額は、妻の損害賠償債権額からだけ控除すべきであり、子の損害賠償債権額から控除することはできないものといわなければならない。けだし、受給権者でない遺族が事実上受給権者から右各給付の利益を享受することがあつても、それは法律上保障された利益ではなく、受給権者でない遺族の損害賠償債権額から右享受利益を控除することはできないからである。

三本件の場合、原判決によると、亡千葉幸穂の遺族は、同人の収入により生計を維持していた妻である千葉利のほか、子である上告人らであるというのであるから、幸穂の遺族に支給される各給付の受給権者は妻の利だけであり、同人において右各給付による法律上の利益を受けているのであつて、右各給付相当額は、同人の損害賠償債権額から控除されるべきであり、これを上告人らの損害賠償債権額から控除することは許されないといわなければならない。そして、原審の適法に確定したところによると、上告人らの被上告人に対する損害賠償債権は、各金一二五万三四八三円から同人らがそれぞれ支給を受けた自動車損害賠償保障法による保険金二二万二二二二円(金一〇〇万円の九分の二、円以下切捨)を控除した金一〇三万一二六一円及びこれに対する昭和四二年一〇月四日からその支払ずみにいたるまでの民法所定の年五分の割合による損害金であることが明らかであるから、上告人らの被上告人に対する本訴請求は右の範囲においてこれを認容し、その余を棄却すべきである。

ところが、原審は、上告人らも右各給付の支給を受けたとして、同人らの損害賠償債権額から、自動車損害賠償保障法による保険金のほか、相続分に応じて各給付相当額を按分した額を控除し、その控除額が右債権額を超過するとして、上告人らの被上告人に対する損害賠償請求をすべて棄却しているのであり、原審の右判断は違法であつて、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。

四以上のとおりであるから、論旨は一部理由があり、原判決中上告人らの被上告人に対する請求のうち前記認容すべき範囲につき控訴を棄却した部分を破棄し、右範囲において上告人らの請求を正当として認容すべきであり、その余の上告を棄却すべきである。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(吉田豊 岡原昌男 大塚喜一郎) (小川信雄は退官のため署名押印することができない)

上告代理人菅原一郎、同菅原瞳の上告理由

第一、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

一、原判決が認定した上告人らの損害額は次の通り、各上告人につき金一、二五三、四八三円である。

(1) 逸失利益の相続分 金九五二、四八三円

(2) 慰藉料 金二五〇、〇〇〇円

(3) 弁護士費用 金五一、〇〇〇円

二、次に、原判決は本件事故によつて支払われた自賠責保険金、公務災害遺族補償金、退職手当金、遺族年金合計金六、五六八、一一六円のうち、各上告人が九分の二の金一、四五九、五八一円ずつを取得したものとし、これを第一項の損害額から控除して、結局、上告人らの損害は補填されたものとして控訴を棄却している。

三、しかし、国家公務員災害補償法によれば遺族補償の第一順位の受給権者は妻であり(同法一六条三項)、また国家公務員共済組合法によつても組合員が死亡した場合の長期給付の第一順位の受給権者は妻とされているのであつて、(同法四三条)

幸穂の子である上告人らには公務災害遺族補償金、退職手当金、遺族年金を受給する資格がないのである。

四、右のように、上告人らは公務災害遺族補償金、退職手当金、遺族年金を受給しておらず、従つて、上告人らの損害から控除さるべきものは自賠責保険金金二二二、二二三円のみであるから、上告人らには、なお各金一、〇三一、二六〇円の損害賠償債権があるのであるが、原判決は国家公務員災害補償法および国家公務員共済組合法の適用を誤まり、上告人らにも受給資格があり且つ、受給したものとして、上告人らの控訴を棄却してしまつたのである。

第二、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな重要事項について理由に齟齬がある。

一、理由第四項の4において、国家公務員災害補償法にもとづき控訴人利に遺族補償金一七一万円が給付されたと認定している。

二、一方、理由第五項の3において、遺族補償金一七一万円について、控訴人利が三分の一、上告人らが各九分の二ずつ相続したものとして、他の給付金とともに損害金から控除するという矛盾をおかしているのである。

以上第一および第二の理由からして原判決は違法であり、破棄されねばならない。

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